不捨室雑録

僧侶志望の大学生が綴る日々の記録。 趣味の陶芸や大好きな仏教について、 まあるい頭で考えたことを書きとめていきます。 古い記事はこちらhttp://blogs.yahoo.co.jp/haganbisyou

2008.08.29 00:37 | | トラックバック(-) | コメント(-) |
22から2日間の奥飛騨温泉ツアー、
そして昨夜(30夜)まで18切符で山陰山陽の旅、と、
しっかり遊んできました。あー楽しかった。
奥飛騨ツアー企画してくれた陶芸のKさん。ほんとにありがとう。

忘れないうちに記憶に新しいのから。


三徳山三仏寺(公式HPには動画の開山縁起あり、必見。)
は神変大菩薩=役行者(えんのぎょうじゃ)の開山、
慈覚大師の中興。天台宗。

言わずと知れた国宝、三仏寺投入堂なげいれどう
投入堂

のお寺です。

どうですこの写真、伝説によれば神変大菩薩(=役行者)が
はるか麓の平地で作ったものを法力で一気に投入れたといいますが、
このオーヴァーハングした崖に足場を組んで人の手で作りました、
というより、「投げ込みました」というほうが
却って信じられるくらいのすごい建物ではありませぬか。
ちなみにコピーは「日本一危険な国宝」。


山の中の修験のお寺だけあって、入り口から本堂までが
すでに結構な登り坂。石段を登って本堂前まで進むと、
杉木立のなか木漏れ日が神々しい。
三徳山本堂前

写真の石仏は地下が水琴窟になっていてぽろ〜んぽろ〜んといい音がします。

本堂前の石段でお坊さんとすれ違いました。
木蘭(黄土)色の直綴(ころも)に間道模様の輪袈裟、
経本を胸の辺りに持っていらっしゃったのは、
ちょうど護摩が終わって本堂から下がるところとのこと。
いいおてらですねー、と話していたら、
場所はいいんだけど、何をするにも食事から仏具まで
担いで登らないといけないのでたいへんですよ〜、とのこと。
たしかに〜。
にこやかなひとでした。


さらに登ると奥の院入り口へ。
奥の院投入堂へは鎖や木の根を攀じ登って行くため、
入り口で靴底チェックがあります。たまに滑るんだって。
靴が滑りやすい人のために用意されているのは、なんとわらぞうり。。。

これが実物。
三徳山 わらぞうり

(ただし、これは私が瑜伽山でも履いていたため
 かなり傷んでおります。)

踵、足首を紐で固定する草鞋(わらじ)ではなく、藁草履。
受付のお兄さんによれば、わらぞうりでの滑落事故は
一件も起きてないとか。ほんとかよ、と心中思いながらも、
わらぞうりに履き替え、
渡された「六根清浄」の文字のある白い輪袈裟をかけ、
登山届けに記入して奥の院へ。

そういえば修験のある人は荒縄を素足に数回巻きつけただけで
登るとか聞きました。誰か教えてくれる人がいたら試してみよう。

上のお堂が見えてくるまで、結構きつい岩場が続きます。
山の上につくころには汗だくです。

上のほうにある文殊堂と地蔵堂は懸崖造り。
がけから空中に浮いていて、鎖をよじ登って上がります。

文殊堂には鎖で登ります


風が気持ちいいけど、足元を見ると数十メートルのがけ。
縁側の端は怖いので、みんな建物の壁に背中をつけて歩いてます。

三徳山文殊堂

三徳山文殊堂いわ


ちなみに地蔵、文殊の二菩薩は修験の本拠地、吉野の、
子守、勝手の両権現さんとして祀られています。
ということは吉野の写しの意味もあるのかな?
私は吉野のお山はまだ踏んだことがなくてわかりません。
詳しい方、教えてください。

文殊堂を過ぎると牛の背馬の背という、切り立った岩の難所も。

三徳山馬の背


難所をいくつか越えて投入堂が急に姿を現すのには素直に感動しますよ。

実際に見てみても、あれは投入れたとしか思えません。
最近も柵を越えて近寄ろうとして落っこちた人がいるとか。
ほんとにどうやって建てたのか謎です。

人がいなくなったので、投入れ堂本尊の蔵王権現さん、お不動さん、愛染さんにご法楽。
般若心経、南〜無神変大菩薩。
崖に声が反響してました。



おまけ

投入れ五円玉


投入堂の少し前、観音堂の脇の岩壁にある「投入五円玉」
伝説では役行者さんが法力で投げ込んだと、、、



言われてません。
ごめん(^人^)


つづく


袈裟、じゃなかった今朝東京に戻ってきました。
東京、いつか夏に戻ってきたときは外気が熱くて
呼吸するのが嫌なくらいでしたが、今回はそうでもなかった。
ニュースで連日暑い暑いと報道されたたから
過度に警戒してたんでしょうか。

今日は11時から上野の禅の特別展を見てきました。
法衣とか袈裟とか、道元さんの奥書のある
『明全戒牒』(永平寺蔵)も出ていました。

仏樹房明全さまは、建仁寺の栄西僧正のお弟子で、
道元さんが比叡山を下りて以来、
日夜師事して臨済宗を学んだお師匠さま。
道元さんと明全さまの師弟はともに宋に留学なさったのですが、
惜しいかな明全さまは病を得て天童山の了然寮というところで
42で亡くなり、道元さんは如浄禅師の下で曹洞宗を伝えられた後、
涙ながらに亡き師、明全さまの遺骨を抱いて帰朝されたのです。

その経緯を、明全さまの受戒の証明書である戒牒の余白に、
道元さんが小さい文字で記したのが、奥書。
明全さまのお墓は今も建仁寺にあります。
ああ、あの方が生きて帰られたら、、、いろいろ違っていたのに。

その他、禅の特別展について詳しくはのちほど。
後でもう一度行くつもりですので。



明日から長野、岐阜方面に温泉、桃狩り、うまい酒ツアーに
行ってきます。陶芸関係の人たちと。たのしみー。

その後、岐阜から直接、島根、鳥取、広島方面に足を伸ばしてみます。
栄西僧正が若いころ修行した鳥取の大山にも行くつもり、
それから投入れ堂のある三徳山にも。

で、帰ってきたら9月は毎日図書館に通って勉強します。
レポートと宿題(卒論)を一気に片すのだ。

こんな、小学生みたいな夏休み計画。果たして成功するのでしょうか。
わからないけど、がんばる。
いってきまーす。
今日もお留守番と、明日の法要のための準備(会場設営、飲み物等買出し)
を手伝ったり、香炉の灰を篩ったりして、
余った時間は大般若経を転じて過ごす。

「初分随喜回向品第三十」を読み終わり、「初分讃般若品第三十一」へ。
例によって繰り返しが多いので一字一句飛ばさずに読む真読はあきらめ、
適宜飛ばしているとあっという間に1,2巻が飛んでしまう。
やっぱり一字一句拾わないと読んだ気がしない。


チベットの僧院では、八千頌般若経を読む法会があるという。
八千頌は玄奘訳でいえばどの部分に相当するのだろう。
あるいは相当してなかったりして。
分科とか解題をみればすぐ分かることだが手元にない。


大般若経は諸法(すべてのもの)の無自性が主題である。

「わたし」と「わたし」の感覚器官から感受作用、
怒りや貪りや愚かさといったネガティブなものから、
神々の快楽、仏の身体的特徴のすばらしさ、
修行の項目といった賞賛されるべきものまでの文字通りすべてについて、
絶対的なものとして見る固執を破壊し、さらに固執の破壊さえも破壊して
「ありのままである見方」すなわち仏の見方、如実知見をのべていく。
お釈迦さまの説法の場での問答として、延々と。

そうそう、尊いとされているもの、を逃げ道にせず、
「ほとけ」について固有の実体を否定することは大事なことだ。
如来を礼拝することと如来に実体がないこと、
乃至2500年前にあの方が現に悟りを開かれたことは
微塵も矛盾しない。


文字で書こうとするとうまく伝えられないけれど
私は、こういう大般若経の世界が好きだ。

だって、人間が持っている何かを絶対視する習慣の破壊とか、
すべては相互依存によって成り立っているとかいう哲学的な事柄を
質問している人が帝釈天(かみさま)だったりするのだ。
600巻あるうちの初めの1,2巻(初分縁起品第一)なんか、
まるっきり説法の場に現れた散華とかいい香りの風とか
奇跡の描写で満ちているのだ。

長い経典だから紙に収まらないかもしれないけど、
釈尊や菩薩たちや神々を登場させ、
ふきだしにそれぞれの長台詞を入れた
「大般若経説相図」を作ったら絶対面白い。
説相図は昔からあるけど、ふきだしはないから。

しゃべってる人とやってることと背景がめちゃくちゃ。
スケールでかすぎ。

とにかくおもしろいよ。般若経。


  不生亦不滅 不常亦不断
  不一亦不異 不来亦不去

  能説是因縁 善滅諸戯論
  我稽首礼仏 諸説中第一
  
  (生滅常断一異去来の誤りを止めて空を明らかにし、
   相互依存を示して意味のない論争を止滅された
   多くの説法者の中の最上なるもの、ブッダに
   私は頭をたれて礼拝します。)(中論)














20日に私の師寮寺、もとい実家ではお盆のしめくくりの行事、
施餓鬼(施食)会(せがきえ)があるので、それまでこっちにいます。

16日はこの前の穴窯の窯出しだったので
どうだったのか気になってましたが上出来とのことで一安心。

私の実家が預かっている寺は、普段は寺の位牌堂にある各檀家さんのお位牌を
お盆お彼岸法事には各家の仏壇に持ち帰り、終わったら返す、
という習慣なので、お盆過ぎてもちょくちょく人が来るので、
私の役目は主にお留守番です。

暇なので去年に引き続き乱雑大般若経の整理
http://blogs.yahoo.co.jp/haganbisyou/40514182.html
をしてます。あしかけ2年がかりで600巻をあるべき箱に戻しました。
といっても実質二日ですが(笑)

真読は前回どこまで読んだか忘れたので
「初分随喜回向品第三十」のはじめから。
今日は2巻とちょっと。
一切法(すべてのものごと)は無自性mujisyou(ほんしょうを欠いてそんざいしている)
であるから無自性であることを如実知nyojicchi(ありのままに知る)して
仏の悟りに随喜(いいなあとおもう)すればその功徳は計り知れない、
といった内容。なのかな。
相変わらず舌にタコができるんじゃないかってくらい
繰り返し、列挙が多いですが、
これもしゅじょうにわからせようというほとけのじひのゆえ。でしょうか。

そういえば弘法大師が伊豆の修禅寺の洞窟に書いたという「魔事品」は
何巻にあるのだろうか。こんど図書館で科分をコピってこよう。



13、14とお墓での読経と檀家さんのお家でのお経(棚経)を
お勤めしました。合わせて100件くらい。

いろんなお家がありますけど、やっぱりちゃんとお仏壇の前に
家族が並んで一緒にお勤めしてくれると嬉しいですね。
お孫さんとかの小さい子まで勢揃いされると、
ついつい気合い入っちゃいます(笑)
仏教の出世間の目的とはちょっと違うかもしれないけど、
情操教育としてもご先祖のお墓参りや祭祀をできる範囲でする、
感謝の習慣を小さいころから覚える、というのはいいことだと思います。

ここで私が気がついたお盆のポイントをいくつか。

○木の多いお寺は蚊も多いので、虫除け対策をしましょう。
 でも殺しちゃだめですよ。虫除けスプレーとか。
○お線香は巻紙と帯を全部とって、
 しっかり火を点けて立てたほうがきれいに最後まで燃えてくれます。
 不精して紙を取らないとすぐ火が消えます。
○ロウソクは風ですぐ消えてしまうので、
 燃やしたいなら半紙で一周巻いておくと、きちんと全部燃えます。
 裏技ですよ。
○お参りのあとは、お供えはきれいに下げましょう。

お供えは最終的には何も残らなくなるように供養するのが理想的です。
燃え残ると結局ゴミになってしまいますし。散らかると結構見苦しいです。


お棚経では、私はお仏壇の前に坐ったら仏具の位置を直して、
献香、霊供膳をお供えする作法などして、
金を打ってお経を始めるんですが、
お盆の場合は次のお宅も待ってるし、
仏壇の奥までは手が届かなかったりするので、
全部はできないのがむずかしいところ、、、。

お仏壇の飾りつけ(お荘厳:しょうごん)のポイントは

○なるべくシンプルに
○仏具、お供えは左右対称に
○三つ足の香炉、燭台などは一本足が前(お参りする人)の方
○お膳はご飯、お汁、箸の方を奥(本尊側)に向けて

ってとこですかね。
せっかく仏具をたくさん置いてあるんですから、
きれいに飾り付けをして仏さま、ご先祖さまに喜んでもらいましょう。

お経を読んだあとは、読経やお供えをした功徳を
ご先祖と衆生に残らずささげますよー、という回向(えこう)を唱えます。

お盆の棚経の回向には
「六親眷属 七世父母(ろくしんけんぞく、しちせのぶも)」
という言葉が出てきます。
表面的に読めば「六親」は父母兄弟妻子で眷属(=家族)のこと、
「七世父母」は7代さかのぼるまでの広範囲の先祖のこと。
で、お盆のお経は自分に関係する家族単位の先祖のため、
ということになります。これはこれでひとつのお盆の意味なんですが、
仏教的にはもう少し深い意味もあるんです。
すなわち、
仏教の基本には、いのちあるもの(=衆生)の意識は、
行為の集積(=業)によって動かされて過去からの限りない転生を経て
今日のここまで続いている(=輪廻)ので、
現に今受けているこの体の両親だけでなく、
過去にも数限りない両親によって親として子として愛され
育てられているから、今はたまたま他人である人や敵である人にも、
今の両親や愛する人となんら変わらない感謝の気持ちと愛情をもって
接してあげるべき根拠がある、ということになるのです。

「お父さんお母さんに感謝しよう、隣のおばさん蹴っ飛ばせ」(笑
というのにはなんら根拠がありませんが、
仏教の輪廻思想によれば、「汝の敵を愛せよ」には
確固たる根拠が生まれるのです。

だから、お盆の目的は自分とこのご先祖の祭祀
という世間的なものだけではなくて、
「この功徳を一切衆生にささげて一緒にさとりへの道を進めますように。」
という大乗仏教の回向のもともとの意味、
宗教的な意味もしっかり絡んでるんです。

疲れている毎日は無理でも、お盆にはせめて慈悲
(慈は他人の苦しみを軽くしよう。悲は他人の楽しみを大きくしよう)
について考えて、その功徳を回向できれば何よりの供養ですね。




13,14にはお盆のお檀家さん回りの手伝いというか邪魔というか、
をするので、たまにしか坊さんのカッコしないのに
檀家さんからのお布施受け取ることになるので、
坊主パワー充電?のために昨日今日と
本堂の二階に籠もってひそかに読経三昧です。
もうちょっとで一部読了だー。

ま、あくまで自己満足ですね。

国内最長のケーブルカーで紀貫之卿のお墓や琵琶湖の景色を見ながら15分、
いよいよ比叡山山上です。
さあこれから数分歩いて登れば比叡山の中心、根本中堂、
なのですが、YBAはそんなお決まりのコースはとりません。
いきなり石段を下って無動寺谷へ。

無動寺から

無動寺明王堂から

そうです、その日は3日。無動寺谷におわします女神、弁天さまの縁日。
しかもちょうど11時から不動堂でお護摩だったので、
しっかり参列してあじゃりさまのお加持をいただいてきました。
合掌してお願い事を念じてください、ということなので、
せっかくだからとものすごく欲張りなお願いをしました。

帰りは弁天さまにもご挨拶。天候も無事を祈って。
中堂へ登るころは少し小雨も降り、
比叡山はあっという間に霧に覆われます。
霧の比叡山、かなり素敵ですよ〜。


つづく常行堂ではお籠もり中!しぃ〜〜っ
西教寺の朝は梵鐘の音とともに明けます。
といっても私はだいぶ明るくなるまでバクスイしてましたが。

ここのご本堂の隣の鐘楼の鐘は、あの明智光秀さんのお城の陣鐘だったんですよ。奇しくも前日に私は本能寺に行ってました。
お勤め前に本堂の縁側から紐を引いて撞かせてもらいました。
お寺の鐘が響いている間は地獄の責め苦もやわらぐとかいいますから、
この鐘も西教寺にたどり着いてよかったですね。

朝ごはんの後は桃山時代の建物、書院とお庭を拝観。
近頃はサルが20匹くらいで襲ってきて悪さをするんで
書院の障子は閉めてますが、壁画のあるお部屋は開けてみて良いですよ。
というお言葉をいただいたので、桃山の障壁画や伏見城の遺構を
じっくり見せてもらいました。
サル対策でちかく襖をレプリカと差し替えるので、
本物を見られるのはあとわずか、とのこと。

研修道場の方がご好意で荷物と女性二人を
車でケーブルカーの駅まで送ってくださいました。感謝です(^人^)

20070831201224.jpg

西教寺のお土産にはこれ。真盛豆。

食事の時間も惜しんで不断念仏するひとたちのために、
中興の真盛上人が考え出されたものといわれ
炒った黒大豆を黄な粉で包み、青海苔をまぶしてあります。

最初にここにおまいりした時、西教寺のお坊さんから頂きました。
以来お参りのたびにお土産にしています。
意外なお菓子でみんなに喜ばれます。
誰かは忍者の兵糧丸みたいだと言ってました。たしかに。

ぜひおすすめ。




すみません、昨日から実家に来てますが、
実家PCが非常に具合が悪く写真が載せられません。
下旬に戻ったら写真追加します。

うーん、せっかく特別に触らせてもらった山王さんの御神輿の瓔珞とか、
お庭の写真とか珍しく撮ってきたのに。

そうそう、今回は初めて比叡山の守護神である
日吉山王社にお参りしました。
夕方にはまだしばらくあったけど閉門間近でちょっと慌しかったですが、
上に合掌型の飾りが載ってる山王鳥居のあたりの川と、
そこを渡る川風の涼しかったことと言ったら。。。
  除熱得清涼 如以甘露灑〜♪
  じょーねつとくしょうりょう にょーいーかんろーしゃー♪
という、かの法華経にある、お釈迦さまから悟りの証明を頂いた
仏弟子たちの喜びのくだりを思い出しましたよ。
そういえば山王のご本地はおしゃかさまだっけ。
うん、これは縁起がいい。

石段がけっこうしんどかったけど、坂本の東照宮にも行ってみました。
登りはここが一番しんどかったかも。
受付の人がお留守で中には入れなかったけど、
さすがはいい場所に作ってますね。

その日は比叡のふもと、坂本をぶらぶらして、泊りは天台真盛宗の本山、西教寺に。不断念仏の鉦の音が聞こえてきたので、室町の中興からずうっと絶えずにお念仏してるんですよ。と境内を一通り拝観。

西教寺、これで3度目になりますが、文句なしに好きなお寺です。
私は、お寺は使ってるところがいい、というのが持論なので、
不断念仏の鉦がそれこそ不断に響いてるのは最高。





このところ、これまでとは打って変わってネタに事欠かない日々が
続いてるのですが、書きたいことはたくさんあるので
まずは最近のことから。

比叡山行ってきました。

他の人たちとの合流は京都駅午後1時だったので、
いつもどおり朝は東寺の西院御影堂の朝のお勤めにおまいりし、
お舎利さんをいただいて旅の安全祈願。
おかげさんでいつもたいした事故も無く無事に帰れてます。

 ※お舎利さんとは弘法大師空海さんが唐から持ち帰った
  仏舎利のこと。
  赤い袋に入っていて、お勤めの終わりにお坊さんが
  内陣から持ってきて参拝者の額に印を押すように載せてくれます。
  別名ご判。
  仏舎利(ぶっしゃり)は、お釈迦さまが、滅後の多くの人々にも
  お釈迦さまを供養する功徳を積めるようにと、
  宝石のような姿の小さな粒に仏の全身の智慧と慈悲を
  閉じ込めて残されたもの。
  お米のことをシャリというのはここから来てますよ。

東寺の宝蔵は防火の為に水路で四方を囲まれてます。
東寺宝蔵はちす

蓮がきれい。珍しい八重咲きの蓮でした。
早朝なので香りも新鮮。
土蔵ではなく正倉院と同じ校倉造です。
東寺ができて以来ある蔵なんだって。
お大師さま(空海さん)も何度も入ったのかも。

このあと寺町通りのお数珠屋さんへ。
話し好きな店主さんでちょっとびっくり。
瓶入りのオリジナル?塗香を見つけたので師匠へのお土産に。

ず



本能寺で信長さんのお墓にもお参り。
本能寺

この本能寺、場所は本能寺の変の後移ってますが、
今でもかなり大きい本堂です。子院も境内にたくさん。

通りの名前にもなっている蛸薬師こと永福寺。
実は勅願寺だって知ってました?こんなに商店街に呑まれてるのに。
これだから京都はあなどれない。
てっきり庶民信仰のお寺かと思ってましたぜ。
しっかり葵の御紋も付いてますが、これについての説明は見当たらず。
たこやくし


それにしても夏の京都市内はあつ〜い。
なんかべた〜とした熱風が流れています。
だからこそ、このあと比叡山の麓、坂本の涼しい風には大喜び。


つづく
ここ10日ほど埼玉の山の中で窖窯を焚くの手伝っておりました。

今夜から、
この間行きそびれた比叡山の西塔、横川、
それと宇治の万福寺、
道元禅師の最初のお寺興聖寺(場所は移ってますが)に行ってきます。
YBAの人たちとも一緒です。
たのしみー(。・_・。)

帰ってきたらまとめて更新しまーす。
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