手創り市の日、24日、9時少し前に雑司が谷の鬼子母神堂にお参りしたら、今朝は紫の衣に緋の紋白五条、頭には焦げ茶の不老帽を召した老僧がお導師で、正面の高い礼盤に坐ってお勤めをされているところでした。いつもは墨の衣に木蘭(黄土)色の五条袈裟をつけた若いお坊さんが一人で脇の席で朝のお勤めをしていらっしゃるのに、今日はご縁日か何かだったのでしょうか。若いお坊さん6人で総勢7口の豪華編成。
終わった後、杖を持った老僧が若い坊さんに囲まれてお堂の階段を下りられたのがなんとも尊げでした。
しかし、いつもながら日蓮宗のお経って見事ですねえ。
私がお参りしたときは丁度神力品の偈だったので、一往諳んじているので後ろで立ちながら微音に読ませていただきましたが、節のない速いテンポで文文句句しっかりと読むというのはなかなか大変。坊さんたちはさすがにしっかりと揃ってお読みになってました。
私の法華経読誦は、私の周りには一部を読む習慣のある人がいなかったため独学なのですが、そのゆえかどうしてもさわさわと一句一句よく聞こえるように読むことができません。いつも音が漏れないように口パクに近い微音で読むせいでしょうか。日蓮宗のお坊さんのように励声に読めばうまくなるのでしょうか。木鉦でリズムを取ればいいのでしょうか。
なにごとも面授はありがたいことです。
終わった後、杖を持った老僧が若い坊さんに囲まれてお堂の階段を下りられたのがなんとも尊げでした。
しかし、いつもながら日蓮宗のお経って見事ですねえ。
私がお参りしたときは丁度神力品の偈だったので、一往諳んじているので後ろで立ちながら微音に読ませていただきましたが、節のない速いテンポで文文句句しっかりと読むというのはなかなか大変。坊さんたちはさすがにしっかりと揃ってお読みになってました。
私の法華経読誦は、私の周りには一部を読む習慣のある人がいなかったため独学なのですが、そのゆえかどうしてもさわさわと一句一句よく聞こえるように読むことができません。いつも音が漏れないように口パクに近い微音で読むせいでしょうか。日蓮宗のお坊さんのように励声に読めばうまくなるのでしょうか。木鉦でリズムを取ればいいのでしょうか。
なにごとも面授はありがたいことです。
熊野へ参らむと思へども 徒歩より参れば道遠し
すぐれて山きびし
馬にて参れば苦行ならず 空より参らむ 羽給べ若王子
(梁塵秘抄 四句神歌)
昨夜枕辺に梁塵秘抄を読み返しました。
熊野といえば私の好きな南方熊楠の故郷でしたね。後はめはり寿司。
神社合祀と森林伐採と、近代建築、古美術収集、そして、千年来の大斎原を壊滅に追い込んだ水害。それぞれの関係性も興味のあるコトです。
もちろん信仰も。
花の都をふり捨てて くれぐれ参るはおぼろけか
かつは権現御覧ぜよ 青蓮の眼を鮮やかに(同)
こんなのもありました
修行に出でて熊野にまうでける時、人につかはしける
道命法師
もろともに行く人もなき別れ路に
涙ばかりぞとまらざりける
(千載集)
私には和泉式部はいないので泣かずに済んでいます。
すぐれて山きびし
馬にて参れば苦行ならず 空より参らむ 羽給べ若王子
(梁塵秘抄 四句神歌)
昨夜枕辺に梁塵秘抄を読み返しました。
熊野といえば私の好きな南方熊楠の故郷でしたね。後はめはり寿司。
神社合祀と森林伐採と、近代建築、古美術収集、そして、千年来の大斎原を壊滅に追い込んだ水害。それぞれの関係性も興味のあるコトです。
もちろん信仰も。
花の都をふり捨てて くれぐれ参るはおぼろけか
かつは権現御覧ぜよ 青蓮の眼を鮮やかに(同)
こんなのもありました
修行に出でて熊野にまうでける時、人につかはしける
道命法師
もろともに行く人もなき別れ路に
涙ばかりぞとまらざりける
(千載集)
私には和泉式部はいないので泣かずに済んでいます。
今朝は早速窯出しをして、その足でこの間10月の末に参加した雑司が谷の手創り市に。当日でも場所取れるか心配だったけど、寒い内は空いてますね。
窯出しは、還元がきっちりで焼きあがりは申し分ないのだけれど、今回初めて目土を入れたのが裏目に出て、よく焼けたのにくっ付いて取れないのが数点、愕然。ひとのまで犠牲にした。しかも、目土のざらざらがついているというのはやはり現代には受け入れがたいのか売れ行きもいまいち。片口って人気のある種類なんですけどね。残念。冒険、実験する時は安全策も必ず用意しておかないといけないという苦い経験。
寒いし強風なんで早めに撤収しました。今回から越前和紙の名刺を置いてみました。他の作者さんたちとも少し話せました。
帰宅したらオークションで落とした版本が届いてました。師寮寺に法華経2冊本の下巻だけあるのがあって、上が欠けてて、どうにか揃わないかなと思ってたらそれらしいのが丁度下巻だけ出ていたのです。こういうのは安い。1000円しないで競合もなし。あとは梵網経、こないだのは臨済宗系で江戸時代の、今度のは曹洞宗の江戸時代の大学者である面山瑞方という人が出版したのの、明治版。値段は文庫本一冊くらい。なんかこういうのが二束三文って嬉しいんだか悲しいんだか。
普通の古書店さんが出品していたのだけど、専門外だから扱いかねたのか、法華経の六の巻の端本をおまけにつけてくれました。表紙痛み、のりは剥れてたけどちゃんとした完本でもちろん和紙木版。うれしいね。



最近机を黒いのに換えたので、塵芥が目立って、前より頻繁に掃除しています。明窓浄机も近いか。
明日夜から28日まで熊野に出かけます。行きは勝浦行きのバスで。
熊野の那智は南方補陀洛(ふだらく)浄土の観音霊場、本宮証誠殿は本地は阿弥陀さま。蓮華部の諸尊がいらっしゃるところです。荷物に梁塵秘抄を忍ばせて行きます。ところで私の姓は繁殖力が強いのか全国に散らばってますが、ルーツは熊野だとか読んだことがあります。それから少し前に高野山吉野熊野が世界遺産に指定されたときに東京でも展覧会があったので、世田谷に見に行きました。それくらいしか知りません、これからどこに行くか決めますが、楽しみ。
あとは、3月に四国に行こうかと思ってます。
この間実家に帰ったときに、来年から使う行脚セット(法衣、手甲脚絆、鉄鉢その他もろもろ)を、早めに着慣れておきたいからと法衣屋さんに注文してきたので、今度従姉の結婚式のついでに実家に寄るときには届いてるかも。そしたら髪剃って雲水姿でちょっとだけ四国遍路しようかななんて企んでます。
窯出しは、還元がきっちりで焼きあがりは申し分ないのだけれど、今回初めて目土を入れたのが裏目に出て、よく焼けたのにくっ付いて取れないのが数点、愕然。ひとのまで犠牲にした。しかも、目土のざらざらがついているというのはやはり現代には受け入れがたいのか売れ行きもいまいち。片口って人気のある種類なんですけどね。残念。冒険、実験する時は安全策も必ず用意しておかないといけないという苦い経験。
寒いし強風なんで早めに撤収しました。今回から越前和紙の名刺を置いてみました。他の作者さんたちとも少し話せました。
帰宅したらオークションで落とした版本が届いてました。師寮寺に法華経2冊本の下巻だけあるのがあって、上が欠けてて、どうにか揃わないかなと思ってたらそれらしいのが丁度下巻だけ出ていたのです。こういうのは安い。1000円しないで競合もなし。あとは梵網経、こないだのは臨済宗系で江戸時代の、今度のは曹洞宗の江戸時代の大学者である面山瑞方という人が出版したのの、明治版。値段は文庫本一冊くらい。なんかこういうのが二束三文って嬉しいんだか悲しいんだか。
普通の古書店さんが出品していたのだけど、専門外だから扱いかねたのか、法華経の六の巻の端本をおまけにつけてくれました。表紙痛み、のりは剥れてたけどちゃんとした完本でもちろん和紙木版。うれしいね。



最近机を黒いのに換えたので、塵芥が目立って、前より頻繁に掃除しています。明窓浄机も近いか。
明日夜から28日まで熊野に出かけます。行きは勝浦行きのバスで。
熊野の那智は南方補陀洛(ふだらく)浄土の観音霊場、本宮証誠殿は本地は阿弥陀さま。蓮華部の諸尊がいらっしゃるところです。荷物に梁塵秘抄を忍ばせて行きます。ところで私の姓は繁殖力が強いのか全国に散らばってますが、ルーツは熊野だとか読んだことがあります。それから少し前に高野山吉野熊野が世界遺産に指定されたときに東京でも展覧会があったので、世田谷に見に行きました。それくらいしか知りません、これからどこに行くか決めますが、楽しみ。
あとは、3月に四国に行こうかと思ってます。
この間実家に帰ったときに、来年から使う行脚セット(法衣、手甲脚絆、鉄鉢その他もろもろ)を、早めに着慣れておきたいからと法衣屋さんに注文してきたので、今度従姉の結婚式のついでに実家に寄るときには届いてるかも。そしたら髪剃って雲水姿でちょっとだけ四国遍路しようかななんて企んでます。


昨日22日の夕方5時半から、久しぶりに灯油の窯焚いてました。正午ごろに山から帰り着いたばかりで釉薬掛け、窯詰めと、遊びつかれてたのでうとうとしつつ還元。窯詰めとかほんと久しぶりで、なんか妙な感じでした。
写真の片口、少し前に大量に挽いてみた物です。
実は口を付ける片口は初めてでした。どうしていいものやら。明朝窯出しです。たまにこういうのやるといい気分転換ですね。今年も片足が泥から抜けそうにありません。

窖窯のある山に久しぶりに行ってきました。
Kさんの運転で5人でわいわい。こういうのもいいですね。感謝(^人^)
山のある神泉村は梅が満開でした。
梅は色もいいけど香りを愛でるもの。やはり空気が澄んだところがとくにいい。疎影横斜水清浅 暗香浮動月黄昏〜♪なんて口遊みつつ朝の散歩を堪能。2泊して薪割ったりいろいろ。
備忘、正法眼蔵随聞記に曰く
夜話に云く、唐の太宗の時、魏徴奏して云く、土民帝を謗ずることありと。帝云く、寡人仁ありて人に謗ぜられば愁とすべからず。仁無くして人に讃ぜられば是を愁うべしと。俗猶ほかくの如し。僧は最も此の心あるべし。慈悲あり道心ありて愚痴人に誹謗せられんは苦しかるべからず、無道心にして人に有道と思われん、是をよくよくつつしむべし。
21日、窖窯のある埼玉の山に行ってきました。
友達の車で、5人でにぎやかに。こういうのもいいです。Kさんありがとう(^人^)
山のある神泉村(現神川町)は梅が花盛りでした。
東京にも梅はありますけど、梅は香りを愛でるもの。空気の澄んだところの方が何倍も綺麗です。目にも鼻にも。

友達の車で、5人でにぎやかに。こういうのもいいです。Kさんありがとう(^人^)
山のある神泉村(現神川町)は梅が花盛りでした。
東京にも梅はありますけど、梅は香りを愛でるもの。空気の澄んだところの方が何倍も綺麗です。目にも鼻にも。

先日入手した梵網経の本の修理をしました。
延享2年(1745)11月9日の刊記があります。
最初の皇風永扇、帝道遐昌、仏日増輝、法輪常転の願文と口絵の華厳の釈迦、文殊、弥勒図、巻末の韋駄天図など、明本(?)の体裁をよく写していますが、本文には訓点がついています。
入手した時には写真のように
●継ぎ目と題簽の糊はがれ
●表紙が薄く弱っていて手に持つと撓んでしまう
●本紙始めの数丁の折り目が崩れていて口絵が痛んでいる
●虫穴が数箇所
の状態であったので、表紙の芯を厚めのボール紙に換え、本紙を継ぎ直し、はじめの一枚を単独で裏打ちして元通り組み立てました。
和本の修理って好きです。こんなこと好む酔狂は現代にはあまりいないかもしれないけど、恐らく少し前の読書する人は必ずしてたことです。和本って折本にしても線装本にしても脆弱なものですけど、その分修理が簡単で、素人でもよほど不器用でなければ難なくできます。貴重書は怖いからしませんけど。
たしか佐佐木幸綱に、手に入れた古書を修理する喜びを詠んだ歌があった気がするのですが、悲しいかな一句も思い出せません。(だれか知りませんか?)
この折本は、本紙が厚手の画仙紙のような薄い紙でした。普通経典の折本は厚手の折り曲げに強い紙を使うのですが、これは携帯用に薄く作ってあるのでしょうか。薄紙のゆえに折り目は少し崩れ一部に皺もあって、ほんとは全部裏打ちして折り目が切れないようにしたいのですが、折本は綴本と違って全体を裏打ちすると紙が伸縮し折り目が合わなくなるのでやりにくいのです。最初の一紙に止めました。
それから表紙の緑色で唐花が刷ってある雲母引きの紙も、四周が擦り切れているので新しい紙と交換してしまえば新品同様になりますが、原装の意匠もなんかかわいい文様なので残すことにしました。こういうところは修理するたびにどうしようかちょっと悩みます。帙を作って内側(鏡)に貼り付けて残そうかとも思いますが、そうすると結局余分なところを切らないといけないし。表表紙はだいぶ煤けて裏表紙と違う色になってましたが、作業するうちにきれいになりました。
裏打ちの板にはテレビ台の扉のガラス板を外して代用しました。
そういえば、知り合いの友人が有名な表具師に弟子入りしたという話を聞きました。そういう特殊技能はこれからきっと役に立つことでしょう。
本職の人がこれ読んだら怒られるかも。下手な素人修理は本が傷むって。私にもし無尽の財力とか人脈があれば、本職に頼んで痛んでる古書の修理とか古書籍の復刻とかやってみたい、そうすればいい職人さんの需要を生むことにもなるけど、私には時間もカネもないし、復刻経典を大量生産しても売れるあてはないし。だいたい今の大多数の坊主は昔と違って修練不足でカナなしの経は読めないし。(これでは坊主の品質が回復する前に古書が朽ちてしまう。(苦笑))
とりあえず自分のそばに来てくれた本たちはほそぼそながらかわいがっています。だからかわいい和装の仏教書たちよ、私のところにいらっしゃい。

延享2年(1745)11月9日の刊記があります。
最初の皇風永扇、帝道遐昌、仏日増輝、法輪常転の願文と口絵の華厳の釈迦、文殊、弥勒図、巻末の韋駄天図など、明本(?)の体裁をよく写していますが、本文には訓点がついています。
入手した時には写真のように
●継ぎ目と題簽の糊はがれ
●表紙が薄く弱っていて手に持つと撓んでしまう
●本紙始めの数丁の折り目が崩れていて口絵が痛んでいる
●虫穴が数箇所
の状態であったので、表紙の芯を厚めのボール紙に換え、本紙を継ぎ直し、はじめの一枚を単独で裏打ちして元通り組み立てました。
和本の修理って好きです。こんなこと好む酔狂は現代にはあまりいないかもしれないけど、恐らく少し前の読書する人は必ずしてたことです。和本って折本にしても線装本にしても脆弱なものですけど、その分修理が簡単で、素人でもよほど不器用でなければ難なくできます。貴重書は怖いからしませんけど。
たしか佐佐木幸綱に、手に入れた古書を修理する喜びを詠んだ歌があった気がするのですが、悲しいかな一句も思い出せません。(だれか知りませんか?)
この折本は、本紙が厚手の画仙紙のような薄い紙でした。普通経典の折本は厚手の折り曲げに強い紙を使うのですが、これは携帯用に薄く作ってあるのでしょうか。薄紙のゆえに折り目は少し崩れ一部に皺もあって、ほんとは全部裏打ちして折り目が切れないようにしたいのですが、折本は綴本と違って全体を裏打ちすると紙が伸縮し折り目が合わなくなるのでやりにくいのです。最初の一紙に止めました。
それから表紙の緑色で唐花が刷ってある雲母引きの紙も、四周が擦り切れているので新しい紙と交換してしまえば新品同様になりますが、原装の意匠もなんかかわいい文様なので残すことにしました。こういうところは修理するたびにどうしようかちょっと悩みます。帙を作って内側(鏡)に貼り付けて残そうかとも思いますが、そうすると結局余分なところを切らないといけないし。表表紙はだいぶ煤けて裏表紙と違う色になってましたが、作業するうちにきれいになりました。
裏打ちの板にはテレビ台の扉のガラス板を外して代用しました。
そういえば、知り合いの友人が有名な表具師に弟子入りしたという話を聞きました。そういう特殊技能はこれからきっと役に立つことでしょう。
本職の人がこれ読んだら怒られるかも。下手な素人修理は本が傷むって。私にもし無尽の財力とか人脈があれば、本職に頼んで痛んでる古書の修理とか古書籍の復刻とかやってみたい、そうすればいい職人さんの需要を生むことにもなるけど、私には時間もカネもないし、復刻経典を大量生産しても売れるあてはないし。だいたい今の大多数の坊主は昔と違って修練不足でカナなしの経は読めないし。(これでは坊主の品質が回復する前に古書が朽ちてしまう。(苦笑))
とりあえず自分のそばに来てくれた本たちはほそぼそながらかわいがっています。だからかわいい和装の仏教書たちよ、私のところにいらっしゃい。

実家に来てて、もう1週間。
大叔父には2度ほどお見舞いに行きました。母が毎日様子を見に行っているので主にお留守番をしています。大叔父は高齢ながら頭ははっきりしていたのですが、制癌剤とか鎮痛剤とか放射線治療とか、そういうのの影響で、健康なときと同じように会話できるときもあれば、ここはどこだ?と聞いてみたり点滴をはずそうとしたりと錯乱しているときもあるといった状況。それでも私の顔を見ると、「よく来てくれた、いいとこあるな」「○○(私の弟)君は帰ってこないのか?」「○○(孫)と大学同じだからたまには合ってみなさい」といったり、私のことは分かってくれているようです。昨年の末にも違う病院に検査入院したのでお見舞いに行ったのですが、そのときは本当にただの検査、心配ないよ、といった感じで普段どおりでした。ほんの1ヶ月の間に随分変わってしまって、初日はかなり戸惑いました。
おそらく鎮痛剤を止めれば意識は通常に戻るのでしょうが、そうすると本人は苦しむだろうし、とかいろいろ考えてしまいます。
80を超えた高齢で全快は難しいし、心臓にも持病があって手術はしないとのことでした。
私には、本人と周囲ができるだけ穏やかであるように願うくらいしかできません。無力なものです。
あさって月曜には東京に戻ります。
大叔父には2度ほどお見舞いに行きました。母が毎日様子を見に行っているので主にお留守番をしています。大叔父は高齢ながら頭ははっきりしていたのですが、制癌剤とか鎮痛剤とか放射線治療とか、そういうのの影響で、健康なときと同じように会話できるときもあれば、ここはどこだ?と聞いてみたり点滴をはずそうとしたりと錯乱しているときもあるといった状況。それでも私の顔を見ると、「よく来てくれた、いいとこあるな」「○○(私の弟)君は帰ってこないのか?」「○○(孫)と大学同じだからたまには合ってみなさい」といったり、私のことは分かってくれているようです。昨年の末にも違う病院に検査入院したのでお見舞いに行ったのですが、そのときは本当にただの検査、心配ないよ、といった感じで普段どおりでした。ほんの1ヶ月の間に随分変わってしまって、初日はかなり戸惑いました。
おそらく鎮痛剤を止めれば意識は通常に戻るのでしょうが、そうすると本人は苦しむだろうし、とかいろいろ考えてしまいます。
80を超えた高齢で全快は難しいし、心臓にも持病があって手術はしないとのことでした。
私には、本人と周囲ができるだけ穏やかであるように願うくらいしかできません。無力なものです。
あさって月曜には東京に戻ります。
最近こちらもカウンターが2000を越えましたな。ウレシイかぎり。
ヤフーと違って日ごとの来訪者数が出ないのはちょっと張り合いがない気もしますが。
あとは、こっちは書庫ごとの表示ができないみたいなので、なんだか中身が混ざりがち。近頃の記事がなんかたるんでるなとお気づきの方、休みボケだけじゃないんです。
「小説が書けないから鼻毛を抜いています、などというエッセイばかり」という表現をされた某作家がいますが、私、というキャラクターを無意識に設定しようとしているのに、それを妨害する何かがある。意識にせよ、無意識にせよ、キャラクターがないと何も書けないではないか。撞木が蒟蒻ではどんな名鐘も響かぬし、右手が行方不明では拍手もままならぬ。
そんなこといってる暇があったら何か書いてみればいいのにね。
とりあえず、鼻毛を抜いています。
ヤフーと違って日ごとの来訪者数が出ないのはちょっと張り合いがない気もしますが。
あとは、こっちは書庫ごとの表示ができないみたいなので、なんだか中身が混ざりがち。近頃の記事がなんかたるんでるなとお気づきの方、休みボケだけじゃないんです。
「小説が書けないから鼻毛を抜いています、などというエッセイばかり」という表現をされた某作家がいますが、私、というキャラクターを無意識に設定しようとしているのに、それを妨害する何かがある。意識にせよ、無意識にせよ、キャラクターがないと何も書けないではないか。撞木が蒟蒻ではどんな名鐘も響かぬし、右手が行方不明では拍手もままならぬ。
そんなこといってる暇があったら何か書いてみればいいのにね。
とりあえず、鼻毛を抜いています。
東京国立博物館で開催中の「悠久の美―中国国家博物館名品展」と「ニュージーランド国立博物館テ・パパ・トンガレワ名品展 マーオリ—楽園の神々—」を見てきました。
もう春休みで曜日の感覚なんかなくなっているので、今日が日曜だなんてチケット買ってから知りました。そーとー休みボケしてます。
なんかあれですね、平日も来れるのに日曜に行くと、すごく損した気がしますね。すんごく混んでました。
悠久の〜の方は、宣伝ほどではなかったような気もします。私の期待の方向が違ったのかもしれないけど、青銅器や出土文物が中心で、ポスターにもなっている青銅象嵌の犀とか、巨大な鼎、青銅器類は、確かに持ってくるのは苦労しただろうなとは思うけれど、平常展の東洋館にも青銅器結構あるしねえ。桁違いに古い土器なんかも出てましたけど、数字が大きいということと品物は別問題だし、その辺は持ち主の中国側と、「自分たちのだ」という意識の無い日本人の私との間には意識の違いがあるのかも。なんかあまり響かず。
マーオリの方は、私はああいうの気をつけてみるの初めてだったけど、人物像なんか抽象的な形で現実の人体とはかなり違うのに、なんだか妙な現実感があって、なかなかすごかった。衝撃があった。言葉にはしづらい。整理を拒む何か。
二次的な部分では、彫刻に使う道具はどうだったのか気になる。鋭利な刃物で彫ったという感じではなかった。でもかなり大型の彫刻(家屋のパーツ)だし、金属は使わないような説明が書いてあったけど、それでほんとに木や石が加工できるのか?混んでいたのであまり説明を読まなかった。というか、ガラスケースを囲む人のほとんどが展示物ではなくて説明板を見てるんじゃないかという疑問。あえて人と同じものを避けようとする私。結局同類。
さて、平常展は、仏像は三十三間堂の観音さんがいつもより増量で3体いらっしゃった。あんなに下半身細かったかな?意外でした。意外なほど足元から腰の部分がほっそりと長い。たくさん並ぶための効果が計算されてるんでしょうか?
仏画は2月ということか、涅槃図が数点、五大明王が一幅掛かってました。そうそう、木像の涅槃像も仏像コーナーに。あとは羅漢図。常楽会と仁王会、2月の法会の主役勢ぞろいですね。どれも作品個体による構成の幅が広いジャンルなので、こういう表現、画面配置もありかと思うようなものも。たとえばどう見ても羅漢さんより随身の二人の童子のほうが気合入ってるように見える羅漢図とか。涅槃図の右肩に描かれた、制作当時は銀色に輝いていたであろう二月十五日の満月が、いまは銀が酸化して真っ黒く焦げたどら焼きのように場違いに中天に懸かってるのを見て、月まで寂滅を示すかと戯れてみたり。
国宝室は道風の諡号勅書、これも意外に小さい。昔の人って段違いに器用。写真で見ると、かなりたっぷりした、豊艶な字で、つやつやした感じだけれど、実物はもうすこし乾いた印象だった。この間飲み会で朱肉の話が出てたので、宿紙の上に内印がどんなふうに残ってるのかじっくり見てきました。やっぱりあれは油印じゃないね。水性だと思う。今の御璽は何で押してるのでしょう?
茶道具コーナーは青磁の馬蝗絆が出てました。初めて実物を見るけれど、照明のせいか他の凡百の青磁との際立った違いは正直よくわからず。空中の茶杓はかなり全体が薄く削りこまれてました。
法隆寺館は開元琴が出てました。はじめて見るけど、かなり薄作り。私の持ってるのよりかなり薄い。あれだとかなり中削ってるのでは?自分のも割ってみようかな。直せなかったら怖い、ていうかちゃんと弾けない。尊勝陀羅尼はまだ出ていました。最近仲良くしている梵網経も金字のが。
そんな感じでした。人が多くて疲れたので東洋館には行かず。ほんとは中国絵画も見たかったんだ。私が悠久の〜に望んでたのは、もちろん青銅器もいいけど玉器とか書画だったのかもしれない。
あ、玉衣は出てたな。でも私死体系苦手だからスルーしちゃった。
もう春休みで曜日の感覚なんかなくなっているので、今日が日曜だなんてチケット買ってから知りました。そーとー休みボケしてます。
なんかあれですね、平日も来れるのに日曜に行くと、すごく損した気がしますね。すんごく混んでました。
悠久の〜の方は、宣伝ほどではなかったような気もします。私の期待の方向が違ったのかもしれないけど、青銅器や出土文物が中心で、ポスターにもなっている青銅象嵌の犀とか、巨大な鼎、青銅器類は、確かに持ってくるのは苦労しただろうなとは思うけれど、平常展の東洋館にも青銅器結構あるしねえ。桁違いに古い土器なんかも出てましたけど、数字が大きいということと品物は別問題だし、その辺は持ち主の中国側と、「自分たちのだ」という意識の無い日本人の私との間には意識の違いがあるのかも。なんかあまり響かず。
マーオリの方は、私はああいうの気をつけてみるの初めてだったけど、人物像なんか抽象的な形で現実の人体とはかなり違うのに、なんだか妙な現実感があって、なかなかすごかった。衝撃があった。言葉にはしづらい。整理を拒む何か。
二次的な部分では、彫刻に使う道具はどうだったのか気になる。鋭利な刃物で彫ったという感じではなかった。でもかなり大型の彫刻(家屋のパーツ)だし、金属は使わないような説明が書いてあったけど、それでほんとに木や石が加工できるのか?混んでいたのであまり説明を読まなかった。というか、ガラスケースを囲む人のほとんどが展示物ではなくて説明板を見てるんじゃないかという疑問。あえて人と同じものを避けようとする私。結局同類。
さて、平常展は、仏像は三十三間堂の観音さんがいつもより増量で3体いらっしゃった。あんなに下半身細かったかな?意外でした。意外なほど足元から腰の部分がほっそりと長い。たくさん並ぶための効果が計算されてるんでしょうか?
仏画は2月ということか、涅槃図が数点、五大明王が一幅掛かってました。そうそう、木像の涅槃像も仏像コーナーに。あとは羅漢図。常楽会と仁王会、2月の法会の主役勢ぞろいですね。どれも作品個体による構成の幅が広いジャンルなので、こういう表現、画面配置もありかと思うようなものも。たとえばどう見ても羅漢さんより随身の二人の童子のほうが気合入ってるように見える羅漢図とか。涅槃図の右肩に描かれた、制作当時は銀色に輝いていたであろう二月十五日の満月が、いまは銀が酸化して真っ黒く焦げたどら焼きのように場違いに中天に懸かってるのを見て、月まで寂滅を示すかと戯れてみたり。
国宝室は道風の諡号勅書、これも意外に小さい。昔の人って段違いに器用。写真で見ると、かなりたっぷりした、豊艶な字で、つやつやした感じだけれど、実物はもうすこし乾いた印象だった。この間飲み会で朱肉の話が出てたので、宿紙の上に内印がどんなふうに残ってるのかじっくり見てきました。やっぱりあれは油印じゃないね。水性だと思う。今の御璽は何で押してるのでしょう?
茶道具コーナーは青磁の馬蝗絆が出てました。初めて実物を見るけれど、照明のせいか他の凡百の青磁との際立った違いは正直よくわからず。空中の茶杓はかなり全体が薄く削りこまれてました。
法隆寺館は開元琴が出てました。はじめて見るけど、かなり薄作り。私の持ってるのよりかなり薄い。あれだとかなり中削ってるのでは?自分のも割ってみようかな。直せなかったら怖い、ていうかちゃんと弾けない。尊勝陀羅尼はまだ出ていました。最近仲良くしている梵網経も金字のが。
そんな感じでした。人が多くて疲れたので東洋館には行かず。ほんとは中国絵画も見たかったんだ。私が悠久の〜に望んでたのは、もちろん青銅器もいいけど玉器とか書画だったのかもしれない。
あ、玉衣は出てたな。でも私死体系苦手だからスルーしちゃった。
今年も15日の常楽会聴聞に高野山に行こうと思ってたんですが、年末くらいから何度か入院していた大叔父がどうやら肺癌であんまり長くないらしいという両親からの電話があったので、そっちのお見舞いに行くことにしました。高校の近くに住んでいるので高校時代はしょっちゅう寄ったりしていた人です。結構高齢だし、高齢者の場合癌の進行も遅いというし、危篤とか言う事ではないのですが、そのうち行こうと思っているともう追いつかなかったりするし。
実は、昨年の夏休みに知り合いが亡くなったのです。私が得度する前、小学生の時に初めて衣を着て弁事という役でボウズデビューしたHという寺の住職で、本山の役職も勤めた70過ぎの人でした。去年の春休みに帰省した時に、「H寺さん最近具合悪いらしいよ、ついでに挨拶に行こうか?」という話になったのですが、結局行かないうちに、夏休み私がこっちで窖窯焚いてる時にうちの家族からの電話で亡くなったのを知りました。
そんなことがあったので、3月3日に従姉の結婚式に招待されてるので、それにあわせて規制をいっぺんで済ませようとしてたのですが、延び延びにしないで今度は早めに行動。
高齢だし、わかってはいるのですが、なんか元気な姿を知ってる人が入院して小さくなっていくのを見たり、亡くなったりするのって寂しいですね。私が年齢を重ねるとともに、こういう見送りも増えるのかな。そういうものか。
元気な頃から浄土真宗の熱心な信者で、お仏壇の側にテープレコーダー置いて毎朝勤行してたくらいの人だし、本人はそんなにショックではないだろうな、というのが救いではあります。
そんな訳で、明日からちょっと出かけます。
実は、昨年の夏休みに知り合いが亡くなったのです。私が得度する前、小学生の時に初めて衣を着て弁事という役でボウズデビューしたHという寺の住職で、本山の役職も勤めた70過ぎの人でした。去年の春休みに帰省した時に、「H寺さん最近具合悪いらしいよ、ついでに挨拶に行こうか?」という話になったのですが、結局行かないうちに、夏休み私がこっちで窖窯焚いてる時にうちの家族からの電話で亡くなったのを知りました。
そんなことがあったので、3月3日に従姉の結婚式に招待されてるので、それにあわせて規制をいっぺんで済ませようとしてたのですが、延び延びにしないで今度は早めに行動。
高齢だし、わかってはいるのですが、なんか元気な姿を知ってる人が入院して小さくなっていくのを見たり、亡くなったりするのって寂しいですね。私が年齢を重ねるとともに、こういう見送りも増えるのかな。そういうものか。
元気な頃から浄土真宗の熱心な信者で、お仏壇の側にテープレコーダー置いて毎朝勤行してたくらいの人だし、本人はそんなにショックではないだろうな、というのが救いではあります。
そんな訳で、明日からちょっと出かけます。
机の上のスタンドライトが、一昨日からなんかおかしいな、気のせいかな、と思っていたら昨日の夜ふっつりと消えました。
こっちに住み始めて以来使ってたから当然か。ご苦労様。
今日蛍光管買いに行くつもりだったけど明るい内は忘れてました。
寒苦鳥。
今日、これも入居以来使っていた、奥行60幅90高32cmのローテーブルを、45,90,27の二月堂机に替えました。場所はずっと同じ、東向きの窓を左手にした壁の前。
机が大きいと、つい使わないものを壁際の遠い方に押しやってしまって結局狭く使うことになるので替えようと思ってたんですが、最近ようやく低い机が見つかって交換。
もっとはやく替えればよかった。
黒い机で、前のより奥行きが15cm浅いだけなのに印象としてはかなり広くなったように感じます。人間の感覚なんてこんなもの。
こっちに住み始めて以来使ってたから当然か。ご苦労様。
今日蛍光管買いに行くつもりだったけど明るい内は忘れてました。
寒苦鳥。
今日、これも入居以来使っていた、奥行60幅90高32cmのローテーブルを、45,90,27の二月堂机に替えました。場所はずっと同じ、東向きの窓を左手にした壁の前。
机が大きいと、つい使わないものを壁際の遠い方に押しやってしまって結局狭く使うことになるので替えようと思ってたんですが、最近ようやく低い机が見つかって交換。
もっとはやく替えればよかった。
黒い机で、前のより奥行きが15cm浅いだけなのに印象としてはかなり広くなったように感じます。人間の感覚なんてこんなもの。
今年の春休みはどこに行こうかな、といろいろ調べている。
うーん。もっと早く調べといたら良かった。ブータン行きたかったけどすぐには無理っぽい。今日も話に出てたけど韓国ならすぐ行けるな。スプーン買いに。
国内ならどこだろう。今月の涅槃会(2/15)はバレンタインデーの世間から逃れて高野山に籠もってようかと思ったけど、高野山大阪から遠いしなあ。
一昨年、平成17年の春休みには九州に行って、大分の宇佐神宮、臼杵の石仏、太宰府天満宮、観世音寺と、巡ったのだった。
観世音寺は、昔(奈良平安)の太宰府の中心的寺院で、私の敬慕する天神さまこと菅原の道真さんも
都府樓纔看瓦色
観音寺只聴鐘声
(都府樓は纔に瓦色を看、観音寺は只鐘声を聴くのみ)
と詠んでいらっしゃる古刹。ここには鑑真和上以来天下の三戒壇(南都東大寺、筑紫観世音寺、下野薬師寺)といわれたうちの一つ、筑紫の観世音寺の戒壇があったのである。いや、あったというか今もある。今も恐らく同じ場所なのだと思うが、隣の観世音寺(天台?)とは別の戒壇院という寺院になっていて、江戸時代には真言律の寺だったこともあるようだが、今は臨済宗。江戸時代の建物だけれど戒壇堂がある。太宰府天満宮さんから歩くには少し離れているのだが、私は歩いて移動した。さすがは九州、2月でも結構暑い日だったように覚えている。
実は、私は観世音寺戒壇には一つ思い入れがあったのだ。
私は正法眼蔵を主に岸沢惟安老師の正法眼蔵全講と、沢木興道老師の全集と、内山興正老師の味読とで拝覧しているのだが、岸沢老師の全講の中で(どの巻か忘れた)、授戒の戒師は天下の三戒壇の土を懐中するという口伝があって、昔岸沢老師がそれを九州の信者さんに話したところ、観世音寺戒壇の土を送ってくれた、そのことを岸沢師が師匠の西有老師に申し上げたところ、それはお前なんかが持っているものではないからわしによこせ、と言われた、というエピソードが出ていて、私も九州に行ったらすかさず戒壇の土をくすねて来ようと企んでいたのである。しかも、前日臼杵でたまたま入った骨董屋さんにお誂え向きの香合があったので、土の器にと求めたりしていた。いつになるかわからないけど、将来戒師になったら使おうと思っていたのだ。
そういう勝手な期待を抱いて足を踏み入れて、私はちょっと拍子抜けしてしまった。どうしてかというと、戒壇堂の前庭には、どう見ても最近入れたと思しき銀砂が、京都の禅寺みたいに一面に敷かれて、熊手の跡までついていたのである。これでは戒壇の土が持ち帰れないではないか。
お寺の側には悪気ゼロなのは十分承知していたのだけれど、私は独り勝手にがっかりして戒壇院を後にしたのだった。
そんなことを思い出しつつ、じゃあ今年は天下三戒壇巡りの締めくくりに、一つ残った下野の薬師寺に行こうかな、栃木なら近いから一泊でいけるな、などと考えて検索したら出てきたのは衝撃の事実、、、
廃絶してる。。。。
戒壇院
http://www1.linkclub.or.jp/~yukos/dazaifu/d16kaid.htm
太宰府観音寺の鐘
http://www.kyuhaku.com/pr/roji/roji_yo-03.html
下野薬師寺http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%96%AC%E5%B8%AB%E5%AF%BA_(%E4%B8%8B%E9%87%8E%E5%B8%82)
下野薬師寺跡
http://www.syakuji.jp/index.htm
うーん。もっと早く調べといたら良かった。ブータン行きたかったけどすぐには無理っぽい。今日も話に出てたけど韓国ならすぐ行けるな。スプーン買いに。
国内ならどこだろう。今月の涅槃会(2/15)はバレンタインデーの世間から逃れて高野山に籠もってようかと思ったけど、高野山大阪から遠いしなあ。
一昨年、平成17年の春休みには九州に行って、大分の宇佐神宮、臼杵の石仏、太宰府天満宮、観世音寺と、巡ったのだった。
観世音寺は、昔(奈良平安)の太宰府の中心的寺院で、私の敬慕する天神さまこと菅原の道真さんも
都府樓纔看瓦色
観音寺只聴鐘声
(都府樓は纔に瓦色を看、観音寺は只鐘声を聴くのみ)
と詠んでいらっしゃる古刹。ここには鑑真和上以来天下の三戒壇(南都東大寺、筑紫観世音寺、下野薬師寺)といわれたうちの一つ、筑紫の観世音寺の戒壇があったのである。いや、あったというか今もある。今も恐らく同じ場所なのだと思うが、隣の観世音寺(天台?)とは別の戒壇院という寺院になっていて、江戸時代には真言律の寺だったこともあるようだが、今は臨済宗。江戸時代の建物だけれど戒壇堂がある。太宰府天満宮さんから歩くには少し離れているのだが、私は歩いて移動した。さすがは九州、2月でも結構暑い日だったように覚えている。
実は、私は観世音寺戒壇には一つ思い入れがあったのだ。
私は正法眼蔵を主に岸沢惟安老師の正法眼蔵全講と、沢木興道老師の全集と、内山興正老師の味読とで拝覧しているのだが、岸沢老師の全講の中で(どの巻か忘れた)、授戒の戒師は天下の三戒壇の土を懐中するという口伝があって、昔岸沢老師がそれを九州の信者さんに話したところ、観世音寺戒壇の土を送ってくれた、そのことを岸沢師が師匠の西有老師に申し上げたところ、それはお前なんかが持っているものではないからわしによこせ、と言われた、というエピソードが出ていて、私も九州に行ったらすかさず戒壇の土をくすねて来ようと企んでいたのである。しかも、前日臼杵でたまたま入った骨董屋さんにお誂え向きの香合があったので、土の器にと求めたりしていた。いつになるかわからないけど、将来戒師になったら使おうと思っていたのだ。
そういう勝手な期待を抱いて足を踏み入れて、私はちょっと拍子抜けしてしまった。どうしてかというと、戒壇堂の前庭には、どう見ても最近入れたと思しき銀砂が、京都の禅寺みたいに一面に敷かれて、熊手の跡までついていたのである。これでは戒壇の土が持ち帰れないではないか。
お寺の側には悪気ゼロなのは十分承知していたのだけれど、私は独り勝手にがっかりして戒壇院を後にしたのだった。
そんなことを思い出しつつ、じゃあ今年は天下三戒壇巡りの締めくくりに、一つ残った下野の薬師寺に行こうかな、栃木なら近いから一泊でいけるな、などと考えて検索したら出てきたのは衝撃の事実、、、
廃絶してる。。。。
戒壇院
http://www1.linkclub.or.jp/~yukos/dazaifu/d16kaid.htm
太宰府観音寺の鐘
http://www.kyuhaku.com/pr/roji/roji_yo-03.html
下野薬師寺http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%96%AC%E5%B8%AB%E5%AF%BA_(%E4%B8%8B%E9%87%8E%E5%B8%82)
下野薬師寺跡
http://www.syakuji.jp/index.htm
今日はYBA(仏教サークル)の例会で機関誌に関する打ち合わせ。
今年は少量だけど一往原稿も出したし、まあ役割は果たしてるかな。
その後先回からの続きで、「形を極めて心を伝える日本仏教」の一例としての袈裟の勉強会。現物を渡して見てもらい、資料の紹介。
私はあくまで信仰者なんで信仰上の位置づけについてしか語れないけど、たとえば古代から江戸、現代に至る「紫衣」の習慣についてとか。
そういえば、この間これの発表に使うつもりで、現代日本で如法衣系の黄色や黒の質素な衣を着た坊さんだけが写ってる法会の写真をイメージ検索で探したんだけど、ほとんど見つからなかった。
日本仏教で育った私としては、日本でも(高価な法衣もあるけど)チベット仏教と同じように質素な、仏教的な法衣を使う伝統もちゃんと生きてますよ、というのを(主にチベット仏教に馴染んでらっしゃる方に)示したかったんだけど、うーん、やっぱりちょっとダメなのかもね。
大抵の写真は、導師以外にも金襴や色衣を着けてる人が写っていた。修行道場とかではほとんど質素な法衣を使ってるんだ(と信じたい)けど、そういうのは写真撮らないからかも。そういえばうちの寺でも大法要やるとほとんどの坊さんは黒に木蘭(黄土色)のお袈裟だけど、本山専使とか教区長とかキンキラを着てる人が必ず2,3人いたなあ。
金襴が悪いわけではないんだけど、というかむしろ工芸としての綾羅錦繍は私は大好きなんだけど、ボウズのメッセージ性としては全然ダメ。
絵巻物や伝記の挿絵にある昔の禅僧みたいに、法堂にいる坊さんはみんな黒の麻衣、須弥壇上で説法してる住持だけは金襴、とかだったらすごく引き立つと思う。この間写真で見た東寺の後七日御修法の装束は、大阿さん以外は皆木蘭や焦げ茶だった。「ああ、これがほんとだな」って思った。
第一義は全員質素な如法衣がいいけど、昔の人はさすがにここぞというところに錦繍を使ってて、それがなかなか宗教的効果を獲ている。ただ、乱発は効果が薄れる。効果のない工夫はしないほうがいい。
昔の絵巻物、寺社の縁起やなんかに出てくる坊さんたちというのは、
天台座主から修行僧、僧兵まで、まさしく絵になる装束を着ている。
あれと比べれば、現代は衣料の材料も技術も比べ物にならぬはず
なのに、高価な色衣金襴を着ても宗教的効果は、感動は、いまひとつだ。
昔の絵師が「わかっている」人で選択してかっこよく描いたのか、
それとも着ている坊さんたちが「わかっている」人であったのか、
「わかっている」人の作った仕組みのとおりに着用していたのか、
それはわからない。
終わってOBと先生にご馳走になる。なんか前の席に知り合いがいたような気がしたが、確信が持てないので気づかぬ振りをする。
今年は少量だけど一往原稿も出したし、まあ役割は果たしてるかな。
その後先回からの続きで、「形を極めて心を伝える日本仏教」の一例としての袈裟の勉強会。現物を渡して見てもらい、資料の紹介。
私はあくまで信仰者なんで信仰上の位置づけについてしか語れないけど、たとえば古代から江戸、現代に至る「紫衣」の習慣についてとか。
そういえば、この間これの発表に使うつもりで、現代日本で如法衣系の黄色や黒の質素な衣を着た坊さんだけが写ってる法会の写真をイメージ検索で探したんだけど、ほとんど見つからなかった。
日本仏教で育った私としては、日本でも(高価な法衣もあるけど)チベット仏教と同じように質素な、仏教的な法衣を使う伝統もちゃんと生きてますよ、というのを(主にチベット仏教に馴染んでらっしゃる方に)示したかったんだけど、うーん、やっぱりちょっとダメなのかもね。
大抵の写真は、導師以外にも金襴や色衣を着けてる人が写っていた。修行道場とかではほとんど質素な法衣を使ってるんだ(と信じたい)けど、そういうのは写真撮らないからかも。そういえばうちの寺でも大法要やるとほとんどの坊さんは黒に木蘭(黄土色)のお袈裟だけど、本山専使とか教区長とかキンキラを着てる人が必ず2,3人いたなあ。
金襴が悪いわけではないんだけど、というかむしろ工芸としての綾羅錦繍は私は大好きなんだけど、ボウズのメッセージ性としては全然ダメ。
絵巻物や伝記の挿絵にある昔の禅僧みたいに、法堂にいる坊さんはみんな黒の麻衣、須弥壇上で説法してる住持だけは金襴、とかだったらすごく引き立つと思う。この間写真で見た東寺の後七日御修法の装束は、大阿さん以外は皆木蘭や焦げ茶だった。「ああ、これがほんとだな」って思った。
第一義は全員質素な如法衣がいいけど、昔の人はさすがにここぞというところに錦繍を使ってて、それがなかなか宗教的効果を獲ている。ただ、乱発は効果が薄れる。効果のない工夫はしないほうがいい。
昔の絵巻物、寺社の縁起やなんかに出てくる坊さんたちというのは、
天台座主から修行僧、僧兵まで、まさしく絵になる装束を着ている。
あれと比べれば、現代は衣料の材料も技術も比べ物にならぬはず
なのに、高価な色衣金襴を着ても宗教的効果は、感動は、いまひとつだ。
昔の絵師が「わかっている」人で選択してかっこよく描いたのか、
それとも着ている坊さんたちが「わかっている」人であったのか、
「わかっている」人の作った仕組みのとおりに着用していたのか、
それはわからない。
終わってOBと先生にご馳走になる。なんか前の席に知り合いがいたような気がしたが、確信が持てないので気づかぬ振りをする。
今日は立春、昨日は節分でしたね。
私はこないだお邪魔した慈童さんのお寺で節分のお祈りに参加。
日数心経といって般若心経を365回あらかじめお唱えする作法だということです。天台系や修験でするようですね。うちの宗派では聞いたことありません。鶴見の総持寺とか有名人を呼んで豆まきするけど、あれ法要は何してるんでしょう?大般若かな?真言では星供するところが多いみたいですね。
その後にお護摩でした。大変珍しい種類だとのこと。詳しくはTBに書いていらっしゃいます。
顕教の声明、三礼とか如来唄をナマで聴いたのって実は初めてでした。
旧仏教系、南都、天台、真言は大抵三礼如来唄でお勤めがはじまるんですが、禅宗系は朝のお勤めなんかでも、全員が無言で一斉に三度礼拝して、すぐに般若心経とかが始まることが多いです。宋代の大僧院の形式なんでしょうね。その点旧仏教系は個人で行うように作法が組まれているのかなと。
はじまる前はまだほかの信者さんが見えていなかったので、いろいろお話を伺いました。
仏さんに興味がないのに利権保持だけで息子に継がせるダメな坊さんがあんまり多いというお話も。私も他人事ではないです、気をつけなければ。
私も正直なところ得度する前はあんまり実感が無かったように憶えてます。釈尊といってもとっくに(2000ねんまえ)死んだ人だと思ってました。今は幸いにいい本とか師とかにたくさん遇うことができて、ほとけ、について三身だとか仮空中だとかで説明ができますし、仏像は偶像崇拝で無いこともわかってますし、どうして無自性である衆生が自動的に輪廻するのかきちんと説明できるほど自分で納得していますが、これは全部が師匠先哲のお陰です。私は仏教には一秒でも長く栄えて欲しいし、だから寺院の住職にはよいひとに就任して欲しい。よいボウズに寺出身とか寺以外出身とかの差は些細なことです。そのうえで、自分が寺出身だから、同じく寺生まれの人でボウズを志した人には良いボウズになって欲しいんです。すべてのボウズ志願者が良い師や良い教えに出会うことができて、ちゃんと理解することができるといいなというのが私の願いです。自分も含めて。
すべてのひとが、すべての人は幸せになりたいと思っている、っていうことを意識するだけで、世界は確実に良くなっていきます。それを知らせるのがとりあえず私の布教です。
あとは、理想は心がキレイな状態だ、っていうのが顕教で、キレイな心はキラキラしてるよ、ってのとそれとぴったり相応する方法が密教で、こんなにキレイじゃないか、と無言で突きつけて、相手に「うっ」ていうスキも与えないで了解させるのが禅だとおおざっぱにはこんな感じで理解してます。(緊張しいであんまり申し上げられなかったのでここに書いちゃいます)
あとは卒論の円戒のお話とかも少し。
手ぶらでお参りしたのにお土産をたくさん戴いてしまいました。
重ねてお礼を申し上げます。
今年一年も一切衆生と、読んでくれるみなさまと、ついでにボウズの卵たちも幸せでありますように。
福はうちー。。。。。。。。。パラパラ。。。。。。。。。。(<お豆)
私はこないだお邪魔した慈童さんのお寺で節分のお祈りに参加。
日数心経といって般若心経を365回あらかじめお唱えする作法だということです。天台系や修験でするようですね。うちの宗派では聞いたことありません。鶴見の総持寺とか有名人を呼んで豆まきするけど、あれ法要は何してるんでしょう?大般若かな?真言では星供するところが多いみたいですね。
その後にお護摩でした。大変珍しい種類だとのこと。詳しくはTBに書いていらっしゃいます。
顕教の声明、三礼とか如来唄をナマで聴いたのって実は初めてでした。
旧仏教系、南都、天台、真言は大抵三礼如来唄でお勤めがはじまるんですが、禅宗系は朝のお勤めなんかでも、全員が無言で一斉に三度礼拝して、すぐに般若心経とかが始まることが多いです。宋代の大僧院の形式なんでしょうね。その点旧仏教系は個人で行うように作法が組まれているのかなと。
はじまる前はまだほかの信者さんが見えていなかったので、いろいろお話を伺いました。
仏さんに興味がないのに利権保持だけで息子に継がせるダメな坊さんがあんまり多いというお話も。私も他人事ではないです、気をつけなければ。
私も正直なところ得度する前はあんまり実感が無かったように憶えてます。釈尊といってもとっくに(2000ねんまえ)死んだ人だと思ってました。今は幸いにいい本とか師とかにたくさん遇うことができて、ほとけ、について三身だとか仮空中だとかで説明ができますし、仏像は偶像崇拝で無いこともわかってますし、どうして無自性である衆生が自動的に輪廻するのかきちんと説明できるほど自分で納得していますが、これは全部が師匠先哲のお陰です。私は仏教には一秒でも長く栄えて欲しいし、だから寺院の住職にはよいひとに就任して欲しい。よいボウズに寺出身とか寺以外出身とかの差は些細なことです。そのうえで、自分が寺出身だから、同じく寺生まれの人でボウズを志した人には良いボウズになって欲しいんです。すべてのボウズ志願者が良い師や良い教えに出会うことができて、ちゃんと理解することができるといいなというのが私の願いです。自分も含めて。
すべてのひとが、すべての人は幸せになりたいと思っている、っていうことを意識するだけで、世界は確実に良くなっていきます。それを知らせるのがとりあえず私の布教です。
あとは、理想は心がキレイな状態だ、っていうのが顕教で、キレイな心はキラキラしてるよ、ってのとそれとぴったり相応する方法が密教で、こんなにキレイじゃないか、と無言で突きつけて、相手に「うっ」ていうスキも与えないで了解させるのが禅だとおおざっぱにはこんな感じで理解してます。(緊張しいであんまり申し上げられなかったのでここに書いちゃいます)
あとは卒論の円戒のお話とかも少し。
手ぶらでお参りしたのにお土産をたくさん戴いてしまいました。
重ねてお礼を申し上げます。
今年一年も一切衆生と、読んでくれるみなさまと、ついでにボウズの卵たちも幸せでありますように。
福はうちー。。。。。。。。。パラパラ。。。。。。。。。。(<お豆)
毎度飲んでてどうしようもないと思われそうですが、一昨日は陶芸の人たちとKさんの誕生日祝賀&テスト打ち上げ。二次会なしで解散したら後輩から電話が来たので「うちくる?」ということになり、今年卒業の先輩と後輩二人とで夜中まで飲んでました。
意外に早くみんな寝てしまったので私もひと寝入りして、朝はちゃんと起きられました。なにか用事があると起きられるんです、現金なもので。それともお酒飲むと眠りが浅いのかな?。
三日はターラ菩薩灌頂記念日ということで夜明け前から始めていつもより少し長く念誦したり。いつまで続くかわからないけど。これくらいしないとボウズじゃなくなっちゃいますからね。
9時半ごろに二人ともおきたので朝メシ(昼?)食いたいねという話になり、外に出てからも数件迷ってたので、なかば強引に近所の台湾料理屋さんにしました。なんでって、そこは精進のメニューがあるから。寺参りの精進に人を付き合わせるのは果たしていいことなのかどうかわかりませんが、折角精進潔斎して祈ってる坊さんのところに行くんだから、と。
前の晩遅くまで酒飲んでて、昼飯だけ菜食にして偉そうなこと言ってんじゃねーよという声が聞こえてきそうですが、信仰はあくまでも自己満足、千畳のお堂に満員の中で祈ろうが、一旦手を合わせたらもう自分しかいない、そう開き直ってますから気にしません。
もどき料理って珍しいからまあ良かったんじゃないかな。
お店を出たらもう11時半を過ぎていて、急いで帰って沐浴して早足で駅まで行ったので、どうにかお寺に滑り込みました。危ない危ない。
意外に早くみんな寝てしまったので私もひと寝入りして、朝はちゃんと起きられました。なにか用事があると起きられるんです、現金なもので。それともお酒飲むと眠りが浅いのかな?。
三日はターラ菩薩灌頂記念日ということで夜明け前から始めていつもより少し長く念誦したり。いつまで続くかわからないけど。これくらいしないとボウズじゃなくなっちゃいますからね。
9時半ごろに二人ともおきたので朝メシ(昼?)食いたいねという話になり、外に出てからも数件迷ってたので、なかば強引に近所の台湾料理屋さんにしました。なんでって、そこは精進のメニューがあるから。寺参りの精進に人を付き合わせるのは果たしていいことなのかどうかわかりませんが、折角精進潔斎して祈ってる坊さんのところに行くんだから、と。
前の晩遅くまで酒飲んでて、昼飯だけ菜食にして偉そうなこと言ってんじゃねーよという声が聞こえてきそうですが、信仰はあくまでも自己満足、千畳のお堂に満員の中で祈ろうが、一旦手を合わせたらもう自分しかいない、そう開き直ってますから気にしません。
もどき料理って珍しいからまあ良かったんじゃないかな。
お店を出たらもう11時半を過ぎていて、急いで帰って沐浴して早足で駅まで行ったので、どうにかお寺に滑り込みました。危ない危ない。
いつかも書いたように、私は小さなものにたっぷり滋味の詰まったもの、檀像、堆朱、煎茶器、絵巻物、そういうものが好きです。ただ、収集とか始めるとたちまち玩物喪志コレクターになりそうなので自戒してます。
それなのに、すこし前ついオイルライターに手をつけてしまいました。SV970に手彫りの彫金がしてあるのを。蓋が取れてて黒ずんでて要修理だから安かったの、だからつい。
タバコ吸わないのに。お香に火をつけるだけなのに。
百円ライターはすぐ使えなくなるし、道端に捨てられてるの見て使い捨てはいやだなとは思ってたのはほんとです。
実は、ボウズは金銀製品を所持しちゃいけないって戒律があるのです。不捉金銀宝戒。手に取るのもだめ。
修行に金銀は必要ないし、盗賊に狙われると修行の妨げになるし、信者からの喜捨を浪費し、見る人の信仰を破壊するから。だから、銀のライターはホントは違律。戒律違反。あんまり良くないんです。かなり黒ずんでるから刻印見ないと銀だとわかんないけど。
コレクション癖、玩物喪志はいやだなと、一往そう思って自制してるんですが、凝り性なのか何なのか、これは手放したくない、っていう愛用品は結構あります。所有欲と決別して、明師を尋ねて身軽に行脚できるべきボウズには似つかわしくない。
ボウズの理想としては道具を一つでも少なくして、誰かが言ってましたけど「今夜にでも夜逃げできる」状態ってのがあるんです。所有欲というエゴをできるだけ少なくする。何か持つとそれを護らなきゃいけないし、ただでさえ人生は短いのにいつゴミになるかわかんない所帯道具の番人なんかしてる暇ないよ、と。
じゃあ過去の持律堅固でシンプルに暮らしてた理想のボウズたちはどうしてたかというと、「浄施」というのが律にはあります。
普段使わない、余分な衣類や食器は「おれのじゃないよ宣言」をして誰かにあげたことにしてしまう。実際には自分の僧房に置いてあるんですが、現に身につけているお袈裟や下着以外は、「これの所有を放棄して○○さんにあげます」という宣言(執着をきれいにする宣言なので『説浄』といいます)をして所有欲を離れてしまう。逆にその日身につける物については毎朝目覚めた時に「所有宣言」(受衣)をします。
煩瑣だとか、単なる抜け道だとか思う向きもあるかもしれませんが、これって所有欲を超克するための良くできた技術ですよね。
それなのに、すこし前ついオイルライターに手をつけてしまいました。SV970に手彫りの彫金がしてあるのを。蓋が取れてて黒ずんでて要修理だから安かったの、だからつい。
タバコ吸わないのに。お香に火をつけるだけなのに。
百円ライターはすぐ使えなくなるし、道端に捨てられてるの見て使い捨てはいやだなとは思ってたのはほんとです。
実は、ボウズは金銀製品を所持しちゃいけないって戒律があるのです。不捉金銀宝戒。手に取るのもだめ。
修行に金銀は必要ないし、盗賊に狙われると修行の妨げになるし、信者からの喜捨を浪費し、見る人の信仰を破壊するから。だから、銀のライターはホントは違律。戒律違反。あんまり良くないんです。かなり黒ずんでるから刻印見ないと銀だとわかんないけど。
コレクション癖、玩物喪志はいやだなと、一往そう思って自制してるんですが、凝り性なのか何なのか、これは手放したくない、っていう愛用品は結構あります。所有欲と決別して、明師を尋ねて身軽に行脚できるべきボウズには似つかわしくない。
ボウズの理想としては道具を一つでも少なくして、誰かが言ってましたけど「今夜にでも夜逃げできる」状態ってのがあるんです。所有欲というエゴをできるだけ少なくする。何か持つとそれを護らなきゃいけないし、ただでさえ人生は短いのにいつゴミになるかわかんない所帯道具の番人なんかしてる暇ないよ、と。
じゃあ過去の持律堅固でシンプルに暮らしてた理想のボウズたちはどうしてたかというと、「浄施」というのが律にはあります。
普段使わない、余分な衣類や食器は「おれのじゃないよ宣言」をして誰かにあげたことにしてしまう。実際には自分の僧房に置いてあるんですが、現に身につけているお袈裟や下着以外は、「これの所有を放棄して○○さんにあげます」という宣言(執着をきれいにする宣言なので『説浄』といいます)をして所有欲を離れてしまう。逆にその日身につける物については毎朝目覚めた時に「所有宣言」(受衣)をします。
煩瑣だとか、単なる抜け道だとか思う向きもあるかもしれませんが、これって所有欲を超克するための良くできた技術ですよね。
昨夜は東哲専修の卒業予餞会でした。
たのしかったー。
来年は私も無事に卒論が書けて、通ってて、笑ってることを祈ります。
専修の人たちがみんなそろうってなかなかないんですが、きのうは先生方入れて32人でした。多いかな?少ないかな?
やっぱり次の日の朝はのどが渇きます。
たのしかったー。
来年は私も無事に卒論が書けて、通ってて、笑ってることを祈ります。
専修の人たちがみんなそろうってなかなかないんですが、きのうは先生方入れて32人でした。多いかな?少ないかな?
やっぱり次の日の朝はのどが渇きます。
| ホーム |

