不捨室雑録

僧侶志望の大学生が綴る日々の記録。 趣味の陶芸や大好きな仏教について、 まあるい頭で考えたことを書きとめていきます。 古い記事はこちらhttp://blogs.yahoo.co.jp/haganbisyou

2008.08.29 00:32 | | トラックバック(-) | コメント(-) |
今日は節分です。
例年節分はどこかの寺社におまいりしているけど、
今年は自宅に。
昨日送別会をしてもらって、朝までしゃべっていてちょっと眠いのと、
昼過ぎに冷蔵庫を取りにいらっしゃる方があったため、ただしこれは雪で中止。
今朝7時半くらいに、自転車は置いて歩いて帰って来たのだけど、
東京にしてはすごい雪。P2010521ぶろ

関東の雪もこれでしばらく見納めだが、しかし関東の雪はぼたぼたと降るなあ。
私の故郷はこうではない。気温が低いからさらさらパウダースノー。
平地で田園地帯だから、地面に積もった雪が風に再び舞い上がり、地吹雪になる。
中学生のころなど、コートを真白くして通学したものだ。懐かしい。
こういうぼたぼたの雪は春先に少し降るくらい。

さて、節分の夜は、立春に先立って陰陽の気が入れ替わるとき。
俗に百鬼夜行はこの夜に出るという。だから節分の夜は炒り豆を打つ。
暦数や占星術は立春が起点だから、立春前日に星を祭る。
あるいは暦の日数分のお祈りを先取りでする。

百鬼夜行の出る日は、不安定な分だけ、いろんなものが変化するチャンスでもある。
まさにピンチはチャンス。

さて、私も引越しの手をしばし休めて、今日明日は祈ろう。
明日が今日よりもっと幸せでありますように
仏教徒なら、少しでも修行がすすむように(^人^)と。

あなたもぜひ。




   天台宗の畏さは 般若や華厳 摩訶止観
   玄義や釈籖(シャクセン) 倶舎頌疏(クシャズンゾ)
   法華経八巻がその論議
   (『梁塵秘抄』)

ここ数日、時間ができたから図書館の使えるうちに、と、
『倶舎学概論』を借りて読んでます。
(―´―;) 法数名目が多くてなかなか憶えられない。


「倶舎論クシャロン」についてはこちら
簡単に言うと、仏教のもののみかた、存在論の解説です。
空の前提になる無我(あらゆるものに固定した不変の本質がないこと)の詳しい説明。


日本仏教では古来、入門すると髪を剃る(正式に坊さんの仲間入りする)前に
この倶舎論の頌(ジュ:要約した詩文の部分)を暗誦しておべんきょしたそうで、
栄西さんは八歳の時、道元さんは九歳の時、
円爾(東福寺の開山)さんは五歳の時に『倶舎頌』を習ったところ、
たちどころに暗記したので、こいつはスゴイ、ってことになって
お師匠さまに可愛がられるわけです。

五歳で存在論がわかるかどうかは?だけど、(そこは聖人だから)
習い方としては素読みたいなものだったんでしょうね。

入門最初の教科書なので、栄西さんたちのような後の大物も習うし、
倶舎頌だけならって、別の道に進む坊さんもいたわけです。
中世の僧兵もこれだけは習っていました。

源平盛衰記を読むと、強訴して要求が聞き入れられて、
僧兵たちが、都からの道々、倶舎頌を大声で合唱しながら
比叡山に帰る様子なんかが書かれてたりします。
校歌みたい(笑)
「ぶっせん」でいう校歌斉唱「かんじーざいぼーさー♪〜」みたいな。


それから、延年という、寺の中の娯楽として舞われてた舞があって、
日光とか平泉には今も残っていますが、その伴奏も倶舎頌だったようです。
こんなのみつけましたhttp://www.iwata-shoin.co.jp/shohyo/sho39.htm
舞に合わせて歌うってことは当然曲も付いてたんですよね。
文字には音が、音には舞踊が伴い、
しかもその歌詞は存在論哲学の要約だった。
歌ってるのは赤ら顔の僧兵たち。

そんな風に広く普及していたので、冒頭に出した今様の歌詞にも出てくるわけです。
日本仏教って面白いね。

日記に藤田あつ子のことを書いていたら、
某先生から単行本を貸してもらった。煌如星シリーズ。
清朝を舞台に、15歳で科挙を主席合格した秀才が活躍する。
いいなあ。絵が綺麗なマンガってのは絵巻物みたいなものだ。
ああ、絵巻物はマンガなのか。

最近本屋さんの漫画雑誌こーなーに入ると気になるのだが、
少年漫画と少女漫画は体裁からして違う。

(月刊とか週間の)少年漫画は数種類の色のついた紙に全頁黒刷り、
それに対して少女漫画は全頁一色の紙に
数十ページごとに違う色で単色刷り。
少年漫画雑誌には針綴じのがあるけど、
少女漫画には針綴じのは見当たらない。

どうしてこれが気になったかというと、
木版本(唐本)には藍色で刷ったもの(藍印本)や
朱で刷ったもの(朱印本)があるというのを見たから。

私が藤田あつ子のマンガを初めて読んだのは、
そういえば少女漫画は色刷りだ、と気づいて手に取った
月刊「本当は怖いグリム童話」の読み切りであった(笑)
内容はやっぱり中国モノ。
怖いとはいえ、どぎつい内容の多いこの本の中ではオアシスのようだ。

実は先日の藍色で書写した阿弥陀経は藍印本に触発されたもの。
あるいは界線(罫)を藍で引いたり、
金界に紺字もいいかもしれない。
紺紙金字の例で紺色と金色の相性は確認済みだし。
あるいは白紙に墨書で、天地に藍色の線が入るだけでも
きりっと締まるかもしれない。

少し前に手に入れた版本に欠丁があり、
いつか補写したいとおもっている。
ちょっと凝ってみようかな。

2限だけだったので帰宅。


仏教オタクとしては、こうしてぱそこんいじりつつ
机の片隅の香炉で香をたくときでも
供養雲海クヨウウンカイとか三輪清浄サンリンショウジョウの観想は欠かせない。

まして香を捧げるときはなおさら。

(三輪清浄はここにちょろっとでてます。
 丸投げ ポイッ ( ̄  ̄ )ノ⌒~
 http://www.bukkyoclub.com/fuse.htm)

要はモノも供養する人もされる人も空だってこと。
虚無でも実体でもないこと。
本質は空である諸尊に、本質は空である香を、
本質は空であるあたしがささげます。という観想。

水鳥のゆくも帰るも跡たえて されども道は忘れざりけり
というこころ。


香華をささげるときの観想を詩にまとめた「供養文」↓
(声明曲もあるよ)

願此香華雲 遍満十方界
供養一切仏 経法並菩薩
声聞縁覚衆 及一切天仙
受此香華雲 以為光明台
広於無辺界 受用作仏事

いま献げる香の煙が五色の雲となって広がり
あらゆる覚者をよろこばせ
光となって世界中で法を説きますように。

ああ、なんと華麗で奥深い仏教わーるどw
語ってたらお香がみんな燃え尽きてしまうw




さらにマニアには
実相周遍法界海云々という上船の伽陀というのもあるけど
これはひ・み・つ。

お彼岸の中日、とその前日、ふと思い立って
阿弥陀経を書いてみた。
憶えるためのテキスト作りもかねて。

墨よりはなんか他のがいいな、色で書こう。
そういえば大学の某部室に磨れば書ける彩墨があったはず、
と取りに行ったけどいろんな都合で入れず。
絵の具を買いに行くと近くの小さな文具屋さんは休日で、
結局起筆が夕方になった。

写経用紙、という大きな薄和紙に界線(罫)を
刷ったのも出回っているけど、
なにも写経用紙でないといけないわけじゃない。
今回は少し厚口の半紙に空界クウカイを押し、糊でくるくると継ぐ。

空界とは、いわゆるヘラ押しの罫線。
重ねて押せば一発で作れるから、古い写経にはよくある。
あるいは僧院内で坊さんが勉強のために実用本位で書き写す
次第とか論議の本に多い。
平家納経なんかのキンキラの装飾経とはちょっと違う
渋好み実用本位の体裁。


そういえば阿弥陀経には極楽浄土の宝池が出てくる。
極楽はプール付きなのだ。しかも宝石づくり。

  極樂國土.有七寶池.八功徳水.充滿其中.
  池底純以.金沙布地.四邊階道.金銀瑠璃.玻リ合成.
  上有樓閣.亦以金銀瑠璃.玻リ.赤珠碼碯.
  而嚴飾之.(乃至)極樂國土.成就如是.功徳莊嚴.

まだ暑い日だったので、藍色をもって書くことにした。
宝池の波になぞらえて。



数行目から文字の大きさが変わったり上下が揃わないのは
お見逃し願いたい。




20071016021227.jpg

20071016021245.jpg

10日が期限の青春18切符がひとつ余っていて、
このところ運動不足気味かなと思ったので月曜日(10)に
小田原の大雄山最乗寺

道了尊という護法神の天狗さんへの信仰厚いお山で、
曹洞宗の禅の道場でもあります。
いまでも雲水さんがたくさんいます。



小田原から大雄山線で大雄山最乗寺へ3キロくらい。
近いんだろうと歩いたら結構遠かった。
小田原でお昼ご飯を食べた直後にはこたえました。
体が重くなるほど食べちゃいけませんね。

におうもん

やっと見えてきた仁王門
がく

におうさん

ここの仁王さんは頭がおっきい

仁王門から伽藍までも割と遠い。
さんどう

仁王門からの参道は「天狗の小道」という名前で
整備されていて歩きやすいです。スポンジのような柔らかい舗装

おおすぎ

杉が太い。
涼しいんですが湿度もある。
息苦しくはないけど汗が乾きません。

さんもん



まえかわ

台風の後で水量大目でした。
霧が出てます。

がらんず

山なので禅宗様式の七堂伽藍の左右対称は崩れてますが、
どの建物も至極立派

いってきせき

何だと思います?この岩?
いってきせき あんない

こういういわれです。


ごしんでん

その、岩を (・Д・ノ)ノ ポイッ と投げた天狗さん
「道了尊」を仏法守護の神さまとしてまつる「御真殿」への階段


すいりう

境内そこかしこに流れがあり
どこにいっても水の音が轟々と耳を離れません


せんぶつじょう

修業道場としての中心、「僧堂」
修行僧はここで坐禅も睡眠も食事もします。

ほんどう

これが本堂。
修行の便宜のため全部廊下でつながっています。


なんかちかごろ天狗さんがついたみたいに
山寺ばかり行ってますね。
でもいい運動になりました。

帰りは滋賀の大津で、「手すきの紙と遊ぶ」展 を見てきました。窖窯の先輩の日本画家のwさんが出してます。
山口、鳥取に来ていてたまたまおなじく18切符で帰京の
陶芸部の後輩Mくんと唐橋前で合流の予定。

合流前に字観調整のために山科の毘沙門堂門跡へ。
天海僧正とそのお弟子の中興にかかるお寺で、
一度行ってみたかったのです。


お寺の門をくぐったとたんに雨が本降りになり、
11時までの時間調整にちらっとのつもりが、
しっかり庭園まで拝観してきました。
その分Mくんを2時間近く待たせてしまった。ごめん。

毘沙門さまに「庭も見ていきなさい」と引き止められたのか、
「こいつの足跡は汚いから洗わんと」と
思し召されたのかはわかりませんが(笑)

予想通り、山を背負ったとてもいい環境のお寺でした。
本堂では、この間の東京国立博物館の天台の特別展に出ていた
江戸のはじめごろの菊と葵の蒔絵の入った密壇が現役で使われていて、
さすが門跡さんだなーと一人感動。

慈覚大師将来の法具唐の五古鈴、公弁法親王の書蹟、
御所関係のものなど展示されていました。
(公弁法親王は、赤穂浪士の処分をめぐって意見を求められた
 日光輪王寺の門主さんで、毘沙門堂に迎えられた
 皇族初の住職でもあった人)
公弁法親王所用の五鈷杵も展示されていましたが、
普通のものとは脇鈷の形が違っていて、
慈覚大師将来の鈴の鈷の形に似ていました。
鈷の節よりも先の方が長く伸びている形。
祖師のものに忠実に作られているのでしょうか。

ここの宸殿は御所からの移築。襖絵が面白いですよ。
狩野探幽の弟子の作で逆遠近法により景物が動いて見える、との説明。
逆遠近法って私にはよくわかんないけど、
一度見に行く価値がありますよ。
お庭もこのとおりきれい。
びさもんどうもんぜきのおにわ 心字いけ

毘沙門堂にわ

桧皮葺の観音堂がとっても絵になります。


松江での朝は雨だったので、傘を買ったのです。
折畳は小さくて頼りないから、65センチの長いの。
そしたら雨は午前中で上がり、
出雲大社などを観光しているときには
邪魔だなあと思いながら持ち歩いてました。
次の日瑜伽山に登るときも晴れていて、
邪魔だなあと思いながら持ってました。
で、愚かなことに瑜伽山の上の蓮台寺に置き忘れてきたのです。

そしたら下山のときに見事に雨に降られました。
麻混の作務衣で歩いていたからすぐ乾いて助かりましたけどずぶぬれ。
そしてここ、毘沙門堂から山科駅に戻るとき、
止んでいた雨がまた大粒に降り出す。
ツイてないのか私がバカなのか。

しかし、捨てる神あれば拾う神もおわしますとやら、
途中の線路の下で雨宿りしていると、隣にスーッと停車した車あり。
「さっき、毘沙門堂にいた人ですよね?」というので
そうですと答えると、なーんと車で山科駅まで乗せてくれました。
千葉のご夫婦で旅行中で、毘沙門堂で私を見かけたとのこと。
ほんとうにありがたかった。
今日は東京に帰りますと申し上げると
「よかったら京都まで乗っていきませんか?」とまで仰ってくださる
いろいろ面白い話ができそうなご夫婦でしたが、残念でした。
本当にありがとうございました(^人^)
お名前を聞いておけばよかった。


もうちょっとつづくかも
チベット僧による法話会『日常生活の中の幸せとは』を聴いてきました。

護国寺の広い本堂が満員の大盛況でした。

難しい話抜きの法話ながら、
すべての命あるもの(=衆生)は、
ミミズや蟻でさえも例外なく自分の幸せを求めて進んでいる
というところから説き始めて日常の中の幸せについて。


後半の質疑応答で、
 「(日本では若者は宗教と聞くと警戒してしまいますが)
  私は自分の宗教を持つべきなのでしょうか?
  もしそうなら、どのようにして自分の宗教を
  選べばよいのでしょうか?」
という若い女性からの問いに
 「『宗教』という名前に必要以上にとらわれることはありませんが、
  幸せを求める、というのがすべての人の願いであることは
  おそらく間違いないでしょう。
  そのうえで必要だと思うのなら、
  どうしたら自分の幸せを実現できるか、
  ということをよく吟味して選ぶのがいいと思います。
  世界には風土や生活習慣によって多くの宗教があって
  それは世界中にいろいろな料理や食文化があるのと
  同じようなものです。」
と非常に納得のゆく形で示されたのはさすがだなあと思いました。
文字で書くのは簡単なことだけど、
これがすっと言えるのは本当の宗教者でないとできませんよね。

じつはこの「なぜ『宗教』なのか」という問いは私の中でも
また、同年代の人と話していてもしょっちゅうでてくること。

この間も窖窯焚きながら某さんとこの話をしてました。
いったん『宗教』に対する違和感がある程度吹っ切れてしまった人
(私は寺に生まれてますが、だからって『宗教』に
 無警戒だったわけじゃありませんよ)には
『宗教』は三度の食事と同じくらいに当たり前に
どこにでもあることなのでしょうが、
この世の中ではみんながそうというわけではないのですよね。

この間その人と話してたときは、
 「私は幸せのあり方を宗教に求めようとは思わない」
ということばも聞きました。
「宗教」に警戒している現代の人の多くも
このように考えているのでしょう。
それから、小さいころから神道の死生観に馴染んでいるその人には、
仏教の論理そのものに親しみがもてないということも。
(もっともこれは私の説き方が未熟なせいでしょうが(苦笑))

このあたりをうまく噛み砕けるかどうかは、
私がまともなボウズになれるかどうかに絡む
だいじな問題かもしれません。




それにしてもチベット仏教の高僧は笑顔が素敵。


境内では骨董市もやっていてにぎやかでしたよ。

帰りにお神輿に遭遇。この土日はお祭りが多いようです。

旅行から帰ってきたら郵便受けに案内のはがきが届いていました。
5月にチベットフェスティバル2007のあった護国寺を会場に
チベット仏教の僧による法話会があるとのこと。

9/8 2-4時

入場無料だそうです。
http://www.tibethouse.jp/event/2007/070908_houwa.html
私も聴聞に行ってみたいと思います。
4日目は岡山の瑜伽(由加:ゆが)山へ。
山の上に瑜伽山蓮台寺があり、瑜伽大権現をまつる信仰の山。
ここも神仏混交。くわしくは↑の公式HPへ。
奇しくもこのたびは神仏混交の山岳霊場を回る旅、になりました。
出る前は不昧公のお茶関係とか備前焼とかも考えていたけど。

瑜伽(ゆが)とはサンスクリットのヨーガの音写。
もちろん最近はやっているヨガとおんなじ意味。
漢訳では伝統的に「相応」と訳しています。
密教の修行法「三密瑜伽」の守護神だから瑜伽権現。

瀬戸内海の向かいの金比羅権現とは、
江戸時代にはセットで信仰されていた神様のようです。
(詳しくは瑜伽山HPを)

いまでは金比羅さんほど有名でないかもしれない
この神様と私とのの出会いは、数年前の春休みに一人旅をした
大分の臼杵でのことでした。
たまたま立ち寄った神社の境内の末社に、
金比羅さんと並んで祭られていました。
「まさか日本に「ヨーガ」の名をもつ神様がいらっしゃるなんて!」
と驚いて、いつか参ろうと決意したのです。

岡山の瑜伽山は、お参りするには結構不便なところにありました。
倉敷からのバスも朝夕しかなく、本数の多いバス停からは遠いので
足に自信があるか、車でないと大変です。

しかしながらこのお山、苦労して参拝する価値が十分にあります。

なんといっても貴重なのは、本殿の神仏習合様式が
ちゃんと保たれていること。
奥殿の内陣には護摩壇が据えられています。

それから、池田の殿様が20年の歳月を費やして作った
客殿がすばらしい。建物は上段、上々段のある書院形式。
襖絵は丸山応挙!
京都市中にあってもぜんぜん不思議でないすばらしいものです。

どちらも写真を撮れなかったのが残念です(HPに一部ある)